夫婦・家族としての道を選択したとき、何が見えてくるのだろう。結婚、妊娠、出産、育児。「私」だけでなく「私たち」だから描ける、「今」そして「未来」とは?

第4回目は、福岡県福岡市にお住まいの安村家を取材。アンティーク家具を使ったリノベーション事業を手がける夫の嘉能(よしのぶ)さんとオーガニックエステサロンの経営やラジオパーソナリティーなど、多岐にわたって活躍する妻の侑笑(ゆきえ)さん。「結婚を決めた理由」、3歳になる颯健(そうけん)くんと、8ヶ月の香凛(かりん)ちゃんが生まれてからの「働き方と暮らし方」、「夫婦のパートナーシップ」について、ご夫妻それぞれに話を伺った。

運命の相手は緑のモヒカン

「モヒカンが友達はいいけど、モヒカンが彼氏って嫌だなぁ…って。面白い人だなとは思いましたけど」と、妻の侑笑(ゆきえ)さん。その隣で、「本当はこの人の連れが可愛かったんですよ。でも彼女は既婚者だったから」と夫の嘉能(よしのぶ)さんが笑う。 

二人の出会いは結婚の半年前。「浴衣×緑色のモヒカン」でキメた嘉能さんが、異業種交流会で声をかけたことがキッカケだった。

東京の大手印刷会社に11年間勤め、ブラックな働き方を続けた末に地元の福岡で起業…レディースのアパレル事業を手がけていた嘉能さんと、芸能プロダクションのスタイリストとしての仕事や、家業である久留米のクラブでのチーママとしての仕事を経てオーガニックエステサロン「THE CORAN GARDEN」をオープンさせた侑笑さん。

お互いに特別タイプなわけではなかったと言い張る二人だが、はじめから惹かれる何かがあったのだろう。

出会いから数週間後、侑笑さんの地元の「モヒカンラーメン」に二人で出かけることに。「モヒカンラーメンにモヒカンがいる…!」と周りのお客さんに驚かれながらの大爆笑デートを経て、嘉能さんの侑笑さんへの思いは急上昇。この日を境に「付き合おう!付き合おう!」と、猛アプローチがはじまった。

当の侑笑さんは「モヒカンが彼氏に…?」と現実味が持てずにいたが、一緒にいると楽しかったのも事実。更に「仕事の話で波長が合う」ということも判明!

それぞれに「青い顔をしながら必死に働く女性」や「華やかな舞台の裏で美容に翻弄され不幸になっていく女性」を目の当たりにしてきた経験が「女性の美」を手がける今の仕事に繋がっていること。「よりよく生きるため」に働いていることなどを語り合う内に互いを尊敬し合うようになっていった。 

「サラリーマン経験がベースの自分に比べて、彼女の世界観は本当に広い。エッジの効いた人間模様を含め、生き様に惹かれたんでしょう」
「彼は普通のことを普通にやってきた『普通の人』。サラリーマン的な考え方にハッとさせられ、癒されることも多々ありました」

 侑笑さんが恥骨にヒビが入る怪我で動けずに落ち込んでいた時にも「え?休んでるの?デートしようよ〜!」とお構いなしだった嘉能さん。絶対安静のケガ人と知りながらデートに誘うモヒカンの人を「普通」と呼んで良いのだろうか…とも思ったが、普通の基準は人それぞれ(笑)"運命的な何か"に導かれるようにして、二人の交際はスタートしたのだった。

「変わりたい」お腹と共に膨らむ期待

その運命の正体は、出逢いから1年が経たない内に明らかになる。侑笑さんの「妊娠」だ。

25歳の時に"子どもができにくい体質"と産婦人科から告げられていた侑笑さん。それだけに「まさか自分が?しかも自然妊娠?夢では?」と心底驚いた。 

「正直、手持ちのトランプにババがきたという印象でした。でも、結婚したくない理由を並べるようなモラトリアムから抜け出したかった。自分を変えるには、良い機会だと思いました」と嘉能さん。
「年貢の納め時…というか(笑)何より"変わりたい"という気持ちが強かったんですよね。変えることを恐いと思う自分もいたけれど…あぁ、これがご縁なんだなと納得できたというか」と侑笑さん。

そこには「この人と一緒に生きていけば良い方向に変われそう」という期待があったそう。

お腹に宿った命に後押しされる形で、二人は結婚を決意。
新婚ラブラブ!というテンションでもないこと、37歳で初めて出産を経験することになること、自営業者同士で生活をやり繰りしていかなければならないこと。何より、不摂生だった自分が健康な赤ちゃんを埋めるのか…と、挙げればきりがないほどの不安はあったが、「未来への期待」が上回る中、2013年の春に入籍した。

母性と父性の距離感

今までの穴埋めをするかのように健康に気遣い「大事に…安静に…」と過ごしていた侑笑さん。特に出産1ヶ月前にお世話になった嘉能さんの実家ではのんびりとさせてもらった。

「決まった時間にご飯が出てきて、決まった時間にお風呂に入る。遅くとも11時には眠る。こんなにゆったりしていいの!?と、違和感を持つほどでラクをさせてもらって。おかげで長年の便秘まで治りました(笑)」

仕事第一!で突き進んできた分、自主的な産休に罪悪感を抱くこともあったが、規則正しく進む生活の中で、今までに味わったことのない種類の安心感も覚えていた。そうして、お腹の中で育まれていく命の存在に少しずつ変わっていった侑笑さん。一方の嘉能さんは?というと、「モヒカン」こそ卒業したものの相変わらず仕事で大忙しの日々。侑笑さんとは対照的に、なかなか父親になる実感を持てずにいた。

「あの頃は海外出張も多くて仕事に追われていた。洋服の事業を畳むかどうかでも悩んでいて」と嘉能さん。

もともと仕事観で共鳴しあった二人。侑笑さんは、嘉能さんの気持ちを察していたからこそ多くを要求しなかった。それでもやはり「私と赤ちゃんのことを知っておいてほしい…」と思いは募る。そこで思いついたのがコレ!

「妊娠中の自分の心と体の変化、赤ちゃんの様子を図にしたカレンダーを作ったんです。それを実家のトイレに張りました。少しは知っておいてね、って」

そんな侑笑さんの思いを知ってかしらずか…出産予定日に韓国への出張を入れた嘉能さん。「わざわざこの日に入れなくても…」と流石の侑笑さんも怒り心頭!しかし最後には、グッと堪えて見送ったという。きっと侑笑さんの辛抱強さが赤ちゃんにも伝わったのだろう。嘉能さんが海外出張から帰ってきても、赤ちゃんはまだお腹の中にいた。それどころか、数日後に控えた大型イベントの仕事の日になっても、まだまだ産まれない。

「ふぅ〜…」っと、嘉能さんの仕事が一段落する頃を見計らっていたのかもしれない。イベントの片付けが終わって、テレビの前で横になろうとしたその時!

「痛いかも………」
「!!」

あぁ、ついにやってきた…と、嘉能さんはテスト直前のような気持ちに襲われながら、侑笑さんと病院へ急いだ。

2013年10月7日。ちょうど30年前、侑笑さんのお父さんが亡くなったその日に、長男「颯健くん」は誕生した。「風を起こす人になってほしい」と、妊娠6ヶ月目の眠れない夜にフッと侑笑さんの頭に降りてきた名前だ。嘉能さんが考えていた「元気之助」は即座に却下された。

それぞれにとっての「産後」

そしてはじまった安村夫妻のはじめての「産後」。目の前の、まだなにも掴んだことのない"おてて"と、まだ歩いたことのない"あんよ"を見つめるたびに幸せな気持ちに包まれた侑笑さん。

しかし、毎晩2回は起きる颯健くんのペースに合わせた生活を送る中、完全睡眠不足状態に。漠然とした不安に包まれたり、ちょっとしたことでイライラしたり、抜け毛にショックを受けたり、母乳育児中の体重増加に悩んだりと、ホルモンバランスの大波を実感するようになった。 

「あの頃はよく『ひょっこりひょうたん島』を歌い聴かせていました。私の顔が見えないと大泣きするので…」。

丸い地球の 水平線に 何かがきっと 待っている
苦しいことも あるだろさ 悲しいことも あるだろさ
だけど ぼくらは くじけない 泣くのはいやだ 笑っちゃおう

お皿を洗いながら、化粧をしながら、お風呂に入りながら。颯健くんに聴こえる大きさで歌う内に、不思議とポジティブな気持ちになれた。

家事に育児に試行錯誤をする日々が仕事復帰への意欲に繋がっていったのだろうか。産後5ヶ月目には元々住んでいた自宅を嘉能さんの協力のもと改装し、場所を新たにオーガニックエステサロン「THE CORAN GARDEN」の仕事を再開。

母親として意識するようになった「安全で安心できるもの」をテーマに、再び仕事を通じて自分を表現する場を手にした。 

「夫や颯健くん、周りの方のおかげ。でも本当は、『もっとこうしたい』と思う自分もいて。色んなことを我慢でしのいだ産後だったんだけどね…」

そんな侑笑さんの横で、「俺なんて、生まれてしばらくはどうすれば可愛いと思えるようになるのか分からなかったしなぁ」と振り返る嘉能さん。

 オムツを替えたりお風呂に入れたり。小さな積み重ねの中で自分の父性に向き合ってきた。そうして颯健くんが1歳の誕生日を迎える頃、ようやく心の底から息子を可愛いと思える「父親」になれたのだ。

だが、感慨に包まれたのも束の間。3ヶ月後のクリスマスイブに嘉能さんのお父さんが倒れ、そのまま還らぬ人に。

「老いた父への接し方が分からず、喧嘩ばかりでした。それでも会社を立ち上げる時はものすごく応援してくれた。孫ができた時も、喜んでくれました。話したいことはいっぱいあったけど…悔やんでも仕方がないです」

生まれる命と去りゆく命の狭間で、嘉能さんは親のこと、侑笑さんの仕事のこと、颯健くんのこと、家族のこと…「自分の仕事のことだけではない、いろんなこと」を今まで以上に考えるようになっていった。

「新しい家族」を目指して…

その翌年、嘉能さんはアパレルの仕事を畳み、気持ち新たに「リフォーム・コンセプター」としてスタートを切ることに。アンティーク建材を使用して住居や店舗を改装する、空間づくりの仕事をはじめた。また、侑笑さんの提案で嘉能さんのお母さんには近所に引っ越して来てもらった。スープの冷めない距離でお互いを支え合う。新しい安村家のカタチを模索する日々が始まった。

そうした中で舞い込んだ「二人目妊娠」の知らせ。

二度目ともなると驚きよりも喜びの方が大きかった。侑笑さんに至っては、ヨユー!と言わんばかりのフットワークで妊娠7ヶ月目には仕事でフィリピンへ。4日間ほど、嘉能さんが中心となって颯健くんのお世話と家事を担当するなど、お互いの仕事をサポートし合える関係が築かれつつあった。

しかし身体は正直だ。帰国後も仕事のことばかり考えていた侑笑さん。実際には体力的にかなり無理をしていたようで、出産1ヶ月前に出血。産休前に仕事を捌こうとしたことが裏目に出てしまい、切迫早産で1週間の入院を余儀なくされた。

「そんな時に、夫は趣味の自転車で半日遊びに出かけていたんですよ…お見舞いくらい来たらどうなの!と。でも自分も『仕事に穴を開けちゃう』って結局仕事のことばかり考えていて…反省です」

その後、運良く侑笑さんの状態は回復。帝王切開の予定日を目前に控えた「颯健くんの一人っ子の最後の日曜日」に、親子3人で朝から晩までみっちり遊び尽くした上で、出産に臨むことができた。

そして迎えた2016年3月15日。第二子となる香凛(かりん)ちゃんを出産。

颯健くんの時と同じように、妊娠6ヶ月目の眠れない夜に侑笑さんの頭に降りてきた一つのイメージ。「凛と香る…凛とした子に育ってほしい」という思いの込もった名前が付けられた。ただただ可愛くて嬉しかった二人目の誕生。今度こそ名前を!と思っていた嘉能さんの「やよい」案は、またしても却下された。

ママは僕がいないと寂しい?

幸せいっぱいの安村家。生まれたての香凛ちゃんと過ごす時間も、赤ちゃん返りで甘えん坊に拍車がかかった颯健くんと過ごす時間も、全てが大切で、愛おしく思えた。 

そうした中でも新しい仕事の準備に余念がない侑笑さん。産後1ヶ月…体力勝負のサロンの仕事はすぐに再開できないものの、「しゃべる仕事なら」とラジオのパーソナリティーとして"福岡ホリスティックアワーズ"という番組を持つことになったのだ。

しかし、家事に育児に仕事に奔走する中、産後3ヶ月目には身体も思考も限界スレスレ状態に。「頼まれたからにはきちんとやらなければ!」という性分が仇となり、侑笑さんは身体を崩してしまった。やはり産後のホルモンバランスが整わないうちに働きに出るのは無理があったのだろう。家の中でも外でも笑顔が出ない。仕事も家庭も何もかもうまくいかない。「ママ!ママ!抱っこ!」とせがむ颯健くんに「待ってね」とばかり答えている自分に疑問を感じながら、侑笑さんは次第に「何のために仕事をしているのか」わからなくなっていった。

そんなある日、颯健くんから思わぬことを言われる。

「ママは僕がいないと寂しい?僕、お仕事行っちゃうよ?」

切なくて。
ただ、苦しくて。
目が醒めるような、一言だった。

何度も喧嘩を繰り返して、見つけたこと

「仕事が好き!でも、もっと子どもたちとも一緒にいたい!」
そんな思いで、働き方を変える挑戦をはじめた侑笑さん。

しかし、夫婦共に自営であることや年齢・体力を考えると悠長にしていられない。二人の子供を育てる上で、先々のお金の不安もある。侑笑さんにとって働き方を変えるということは、こうした恐怖心と向き合い、乗り越えていくことに他ならなかった。

その中で飛び出した嘉能さんの「好きにすれば良いじゃん?」という一言。前向きに受け止められず「突き放されている」と感じた侑笑さんは、次第に嘉能さんへの不満を募らせていくようになった。

子どもたちにとっては良い父親に違いない。家事も育児も頑張っている方だと思う。でも…言われたことをやって満足しないでほしい。

そんな思いが頂点に達する中、侑笑さんはついに爆発!
「あなたは安村家の正社員であり幹部なの!アルバイトじゃないんだから!」と、怒涛のように言葉をぶつけたのだった。

「母が横で震えていました(笑)啖呵切ったように怒るから。極道の女かと思ったって」と笑い話のように振り返ってみせる嘉能さんだが、目は真剣そのもの。一緒にいて、そんなに辛い思いをさせているのか…と、嘉能さんなりに落ち込んだ一件であったことを教えてくれた。

だが、言い争いは止まらない。むしろ喧嘩の頻度は増すばかり!という中、侑笑さんはあることに気がつく。

「してほしいことに対して『じゃあやるよ』と言われても寂しい気持ちになるばかりで。何故なの…と内観する内に、全く『本音』を伝えられていことに気がついたんです。表面的なことばかりで、肝心の気持ちを伝えていなかった…って」

言葉の奥にある気持ちは「抱きしめてほしい」「不安や辛さを分かってほしい」「安心させてほしい」など実はとてもシンプル。侑笑さんは、自分でも気がつかなかった可愛らしい本音を知ることになったのだ。

そんな本音をしっかり受け止めてくれた嘉能さん。お互いに伝え合うべきことが分かってからは、喧嘩の回数も減り、夫婦・家族としてのベクトルも揃うようになっていった。

「Happy Wife, Happy Life」なふたり

仕事のことだけでなく「政治」「環境」「子育て」などなどジャンルを問わず語り合う安村夫妻。そんな二人が特に大切にしている問いがある。

「何がしたい?」「どう生きたい?」

"やりたいこと"を基盤として生きてきた嘉能さんと、"やるべきこと"を基盤として生きてきた侑笑さん。

一見すると相容れないように思えるが、「よりよく生きること」を追求してきた原点は同じ。だからこそ、「妥協点ではなく、ふたりのベストを掴みにいこう!」と歩み寄る中で、お互いの良さを認め合ってきた。今、侑笑さんが「一人で抱えないこと。やりたいことをやること」を…嘉能さんが「他力の前に自力で固めて組み上げること」を自分の中に取り入れはじめたのも、お互いがお互いに学びあった結果だ。

「私を幸せにするのが嘉くんの仕事でしょ?」と嘉能さんを見つめる侑笑さん。
「侑笑が幸せで笑ってくれることが大事。家族全体が明るくなる」と笑顔で答えた嘉能さん。

日が暮れるリビングルームのソファで満足そうに眠る颯健くんと、心地良さそうに抱かれる香凛ちゃんの寝姿が、安村夫妻の今を映し出しているようだった。

おまけ

嘉能さんは毎朝朝一番に「愛してるよ」と侑笑さんに言うのだそう!

 皆さんも明日朝起きて一番にパートナーに伝えてみてはどうでしょうか?素直に気持ちを伝えることで、ひとつ前に進めることもあるのかもしれません。